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福岡高等裁判所 昭和24年(つ)679号 判決 1950年3月27日

被告人

棚田尚義

外三名

主文

原判決を破棄する。

被告人棚田尚義を懲役参年に処する。

被告人蒲刈寬、同白石次夫、同今坂伝喜を各懲役弐年に処する。

原審における未決勾留日数中被告人棚田に対しては四十日、同蒲刈、同白石に対しては各九十日、同今坂に対しては八十日をそれぞれ右本刑に算入する。

但し被告人蒲刈、同白石、同今坂に対し本裁判が確定した日から各三年間右刑の執行を猶予する。

押収の証第一号、同第二号及び同第四号の刺身庖丁各一丁はいずれもこれを沒収する。

理由

弁護人林信雄、同鶴田英夫両名の控訴趣意第一点の第一、第二について。

(イ)  そもそも、検証が五感の作用によつて、事物の状態を認識する証拠調であること、並びに原審が原判示事実認定の資料として、被告人等及びその他立会人の任意な指示陳述を記載した原審における検証調書を援用していることは、まことに所論のとおりである。しかしながら、裁判所が検証の現場において、被告人その他の者を立会わせて検証事項を明確にするため必要な状態を任意に指示陳述させるが如きは、検証の手段に過ぎないのであるから、被告人以外の立会人に対し証人訊問の手続を履践することを必要とするものではない。従つて裁判所がこれ等立会人の指示陳述を録取して検証調書に掲記した場合、これ等の者の署名若しくは押印がなくともその検証調書は刑事訴訟法第三百二十一条第二項により証拠能力を有するものといわなければならない。しかも検証の目的を明かにするため作成した図面は検証調書と一体をなしその調書の一部に過ぎないのであるから原審が所論の検証調書並びに図面を採用して原判示事実を認定したからというて所論のような違法があるということはできない。論旨は理由がない。

同控訴趣意第一点の第三について。

(ロ)  しかし、司法警察員が実験により事物の状態を認識するため任意に作成したいわゆる実況見分書は、その本質において、司法警察員の検証調書に外ならない。そして実況見分には、検証におけると同様、その実験に伴う意見判断も包含するものと解するのが相当であるから、実況見分書中にかような意見判断に関する記載があつたからというて、その調書に証拠能力がないものとすることはできない。今所論の実況見分調書を見ると、その記載ずさんの譏を免れないけれども、要するにその実験に伴う意見判断を記載したものと認めるに支障なく、かつ、原審第一囘公判調書の記載によると、被告人及び弁護人において右見分調書を証拠とすることについて同意しているのであるから、原審がこれを証拠に採用したからというて所論のような違法があるということはできない。この点の論旨も理由がない。

(弁護人林信雄、同鶴田英夫の控訴趣意)

第一点 原判決には法律上証拠とすることのできない書面を証拠として犯罪事実を認定した違法がある。

第一  原判決は判示犯罪事実認定の資料として「当裁判所の検証調書(図面九枚添付)を挙げている。処がこの検証調書を検するに、原裁判所の検証の結果そのものの記述と並んで、検証に立会つた被告人四名及び当日同所に証人として召喚されていた川口章、白石正人、石田龜一、北谷キヌ子、木葉定見の、証人としてではなく単なる立会人としての供述の記載とが同調書の重要部分を占めているばかりでなく、同調書に添付されている図面九葉は何れも右立会人等の供述を明瞭ならしめるために作成添付されているものであることは、同調書中の記載自体から明らかである。

元来検証は物に対する証拠調であつて、裁判所若しくは裁判官の検証の結果を記載した書面が刑事訴訟法第三百二十一条第二項により無条件で証拠能力を認められている所以は、物に対して裁判所若しくは裁判官において自ら五感の作用により知覚した結果を記述した書面の確実性、真実性が信頼されるが故に外ならない。而して検証の現場に於いて、立会人に検証の地点、目的物その他必要な状態を指示し陳述させるのは検証の手段手がかりであるに過ぎず、その際の立会人の指示陳述が「検証の結果」たり得ないことは云うまでもない。

従つて該検証調書中の立会人の供述記載のように、被告人等の犯罪事実そのものに関する供述を録取した右書面が証拠法上「検証の結果を記載した書面」として取扱わるべきでないことも亦明白である。即ち原裁判所の検証調書中、各立会人の供述記載部分並にその供述を明確にするために作成された図面九葉は、刑訴法第三百二十一条によつて証拠能力を認められた書面に該当しないのである。

而して前記立会人川口章、白石正人、石田龜一、北谷キヌ子、木葉定見の供述記載部分並に図面第七図乃至第九図については供述者の署名若しくは押印もないので同条第一項第一号を適用する余地もない。かくて右供述部分並に図面三葉は同法第三百二十六条による外には証拠能力は認められ得ないものである。(同法第三百二十条参照)然るに原審公判調書を精査するも右供述部分並に図面三葉を証拠とすることに検察官及び被告人が同意した事実は認められないので、結局前記供述部分並に図面三葉は全く証拠能力のないものである。にも拘らず原審が漫然これを検証調 の名の下に判示犯罪事実認定の証拠としたことは刑事訴訟法第三百十七条第三百二十条の適用を誤つたものである。而してこれ等の書面はこれを他の証拠と綜合して犯罪事実認定の資料としているのであるから、右の違法が判決に影響を及ぼすものであることは明らかである。(参照、最高裁判所判例集第二巻二号刑事判例集九七頁)

第二  原判決が証拠に引用した「当裁判所の検証調書(図面九枚添付)」の中、立会人川口章、白石正人、石田龜一、北谷キヌ子及び木葉定見の供述記載部分並に添付図面第七図乃至第九図は、検証調書の名を冠せられているがその実は証人訊問調書であることは、その内容自体から極めて明瞭である。裁判所若しくは裁判官の検証に併せて被告人以外の者の供述を聴きこれを調書に記載して証拠とするには、刑事訴訟法第十一章又は第十二章に定むる手続を履践しなければならないことは勿論である。然るに前記の川口章外四名の所謂立会人については、宣誓をさせていないばかりでなく証人若しくは鑑定人として法律に何等の手続をも執られてはいないのである。多くの強行規定を含むこれら手続の履践なくして為された立会人なるものの供述を録取した図面は、刑事訴訟法第三百二十一条第二項前段所定の書面に該当しないものと解すべきである。然るに漫然前記の書面を証拠として犯罪事実認定の資料に供したことは右規定並に第三百二十条に違反する違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすものであることは、第一の末尾に記述の通りである。

第三  原判決は判示犯罪事実認定の証拠として司法警察員作成の実況見聞書を挙示している。この実況見聞書を通覽するに、被告人等の犯罪事実に関する記載が同見聞書の重要部分をなしている。即ち右書面はその作成者である巡査部長森年一が犯罪発生後であるその作成当日の実況見聞の結果に、自己の推定判断を加えてこれを主観的に綜合統一して犯罪事実を認定記述したものであることは一読明瞭である。換言すれば右書面中被告人等の犯罪事実に関する記載部分は、同警察員の主観によつて纏めあげられた文書に外ならないのであつて、検察官の起訴状に於ける公訴事実の記載とその文書の性質に於いて全然異るところがないのである。そしてこの様な性質を有する文書が証拠能力を有するものでないことは採証法則上当然の事理であつて、たとえ被告人等がそれを証拠とすることに同意したとしてもその性質上証拠能力を取得するに至るものではない。

然るに右の如き書面を証拠として判示犯罪事実を認定した原判決は刑事訴訟法第三百十七条第三百二十条第三百二十六条等の解釈を誤つた違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすものであることは明らかである。

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